コラム

2008年10月07日

現在価値の是非(2)米国の「時価会計凍結」

現在価値や時価会計の暴走の例として、金融商品の時価会計について、末村氏は言及している。
 金融商品の価格(時価)は・・・理論値に過ぎない
とし、昨今の金融安定化法の「時価会計凍結」を、
 そもそもの価格(評価)に問題があったのだ
 実体経済への悪影響を考えれば、やむを得まい
と容認している。


氏の論は深く広い思慮によっているのが理解され、なかなか抗し難いが、時価会計凍結については、筆者はどうしても容認しがたい。
筆者の論には、日本の金融危機で米国から非難を受けたことについての感情的なしこりがあるのは事実だ。
しかし、それがなくとも、やはり容認しにくいように思うのだ。

まず、証券化商品の価格(時価)については、理論価格自体に多くの前提があることは、あまりにも明白だ。
そもそも、価値というのは、離散的で画一的な数値ではない。
ある程度の確率分布を持つ、雲のような数値であるのだ。
証券化においては、確率分布を持つ原債権の価値を合成することになる。
合成する過程で、リスクのうちランダムな要素は互いに打ち消しあい、結果、原債権の平均より低いリスクと解釈されることになる。
しかし、その場合も、原債権の集合にシステマティックな影響を与える要因Xに対するβリスクは低減できない。
今回の場合、Xは不動産相場であり、βリスクは極めて高かったことになる。

これが証券化商品の価値を理論的に考えるフレームワークだ。
金融のプロであれば、よく知ったことだ。
問題なのは、一度、価格と格付が付されると、それが一人歩きしうることにある。
仕組みをよく知らない人、あるいは、知っていてそれに目をつぶる人たちが、価格と格付を誤用して、とるべきでない過大なポジションを作ってしまう。
それが、問題の本質ではないか。

米国の「時価会計凍結」の背景には、金融商品の価格が、突如始まった金融危機において、価格のオーバーシュートを引き起こしているのではないかとの認識があるのだろう。
確かに、その可能性は高い。
流動性の急激な減少により、価格がオーバーシュートしているというのは容易に想像できる。
しかし、では、現在の簿価、つまり切り下げ前の簿価は、本当に適正な経済価値を示しているのか。
流動性が急減し、原債権でのデフォルトが増加しているという現実を認めながら、簿価を切り下げる必要はないと言い切れるだろうか。
実体経済への影響を考慮して、苦渋の容認をするということは、一つの見識だろう。
しかし、それは唯一の道ではないし、どうしても、欺瞞の印象をぬぐえない。

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posted by 浜町SCI at 19:16 | Comment(0) | TrackBack(1) | 気になる投資環境
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市場がシャープに反応するのを非とするべきか − 銀行の時価会計の是非
Excerpt: 昨日、HSCIが公表した短期市場予測は大きな反響をいただいた。 HSCIは、決して、売り方に組するものではない。
Weblog: 浜町SCI コラム
Tracked: 2008-10-27 21:59