コラム
2008年10月27日
新銀行東京を巡り始まる刑事事件
警視庁は、新銀行東京から借入金約50百万円を詐取したとして、新銀行東京元行員ほか計7人を詐欺容疑で逮捕した。
元行員は融資先の経営者らと共謀し、改ざんした決算報告書などで銀行から借入金を引き出したという。
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元行員は融資先の経営者らと共謀し、改ざんした決算報告書などで銀行から借入金を引き出したという。
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2008年10月22日
2008年10月16日
2008年10月14日
2008年10月07日
2008年09月26日
1ドル+1ドルは2ドル、人間は75,000ドルか、0.08セントか
野村がリーマンのアジア・太平洋、欧州・中東部門を買収したが、その対価が話題となった。
米系投資銀行の資産内容の悪化が問題の発端であった金融危機であったから、野村はリーマンの資産をとらなかったのだ。
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米系投資銀行の資産内容の悪化が問題の発端であった金融危機であったから、野村はリーマンの資産をとらなかったのだ。
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2008年09月25日
「産業の中の産業」の危機
P.ドラッガーが「産業の中の産業」と称した米国自動車産業が消滅の危機に瀕している。
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2008年09月23日
メリルリンチ日本証券の小林社長がMIGA長官に
メリルリンチ日本証券の小林いずみ社長が世界銀行系の国際機関、多国間投資保証機関(Multilateral Investment Guarantee Agency, MIGA)の長官に内定した。
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2008年09月22日
2008年09月17日
なぜ、投資銀行が?
最近の新聞報道で気になることがある。
破綻した投資銀行(日本の金融行政では証券会社に該当)が、バランスシートを膨らませてきたことに疑問を感じない報道が多いことだ。
それが現実だったにせよ、本筋は異なることに留意しないと、教訓は得られない。
銀行には大きく2種類ある: 商業銀行と投資銀行だ。
商業銀行とは日本でいう銀行、投資銀行とは証券会社と考えると分かりやすい。
商業銀行は間接金融の担い手、投資銀行は直接金融の仲介者と称されることもある。
商業銀行はバランスシートを使って商売を行う。
預金者からお金を預かれば、それは銀行の負債勘定の中の預金勘定に載る。
そして、そのお金を債務者に貸せば、それは銀行の資産勘定の中の貸付金勘定に載る。
つまり、そのお金の所有者は、預金者から銀行へ、銀行から債務者へ移る。
だから、間接金融と呼ばれる。
商業銀行では、債権が不良化すれば銀行自体の資産が毀損する。
だから、厳格な債権管理、当局による検査が行われる。
投資銀行は、フィーやコミッションのビジネスだ。
企業が株式や債券を発行する場合、投資銀行は発行証券を引き受け、投資家へ転売する。
数日間、銀行が証券を保有することはあるが、すぐに投資家へ販売するから、実質的にはフィーに近い報酬体系といえる。
投資家から発行体へ直接、お金が流れることから、直接金融と呼ばれる。
投資銀行は、基本的には証券を保有しないから、その先、証券の価値が下落しても、投資銀行が痛むことはない。
つまり、自行のバランスシートを使わないから、過大なリスクを取ることもない。
むろん、商品の取り扱いに対しては厳格な管理を行うものの、右から左へ売るものだから、極論すれば、証券のリスクなどどうでもいい。
そのリスクは「適合性の原則」に適った投資家により判断されるべきものかもしれない。
引受とともに、投資銀行の本業とされるM&Aアドバイザリーにおいても、バランスシートを使ったりしない。
あくまで、顧客に対する財務アドバイザリーである。
フェアネス・オピニオンの発行は、訴訟リスクを伴うものではあるが、決してバランスシートを使って取るリスクではない。
最近のメリルリンチ、リーマンブラザーズ、ベアスターンズの騒動を見ていると、この見方が現実とずれていたと気づかざるを得ない。
米国のサブプライム問題に発して、不動産価格が下落し、モーゲージローンの価値が下落しているとすれば、従来の感覚では、まず、商業銀行が痛むはずのように思える。
商業銀行はモーゲージローンを実行する主体であるからだ。
一方、投資銀行は、フィー収入こそ不景気で減ることがあれ、破綻に至るような巨額損失をこうむるようには思えなかった。
しかし、現実には、商業銀行が投資銀行を救済買収している。
何が起きたのか?
商業銀行側では、モーゲージローン等の流動化が救いとなった。
ローンを実行しても、その債権を流動化して、オフバランスにする。
ローンを実行する商業銀行の側をオリジネーターと呼ぶが、このオリジネーターは、原債権が不良化しても損失を被らないことが多かった。
損失は、流動化された債権を購入する投資家が負っていた。
(詳細はカバードボンドを参照)
一方の投資銀行はどうだったか。
本来、バランスシートを使わないはずの業態だったが、証券化のブームに乗って、バランスシートを使った商売を拡大した。
さまざまな債券・債権を購入し、資産プールとしてリスクを分散、高い格付を得る。
その資産プールを証券化して投資家へ販売する。
現代ポートフォリオ理論どおりの商売のはずだった。
さらには、自社でさまざまな債券・債権を保有しながら、一方で、金融機関の信用力を用いて低コストの資金調達を行う。
資産を膨らませれば膨らませるほど収益が上がり、レバレッジをかければかけるほどROEは向上する。
フィービジネスでは、顧客をその気にさせなければいけない。
しかし、自行のバランスシートは、自分でやる気を出すだけでいい。
安易な業績拡大策だ。
実はイギリスには商人銀行(Merchant Bank)という業態の銀行がある。
比較的小規模の銀行で、商業銀行業務も投資銀行業務も投資ファンド業務さえも行う銀行である。
どんなリスクも果敢に取り、高収益を上げうる一方、極めてハイリスクな業態とも言える。
米系投資銀行は、それを極めて大きな規模でやってしまったと言える。
サブプライム問題後、分散させたはずのリスクのうち、主要なものがいくつかが同時的に急下落をし、資産担保証券が流動性を失った。
バランスシートを膨らませた投資銀行は、資金繰りが不安になる。
ある時、突然、短期金融市場からの資金調達が不可能になり、破綻を迎える。
投資銀行は、どこへ行くのかと思わせる事象ではないか。
破綻した投資銀行(日本の金融行政では証券会社に該当)が、バランスシートを膨らませてきたことに疑問を感じない報道が多いことだ。
それが現実だったにせよ、本筋は異なることに留意しないと、教訓は得られない。
銀行には大きく2種類ある: 商業銀行と投資銀行だ。
商業銀行とは日本でいう銀行、投資銀行とは証券会社と考えると分かりやすい。
商業銀行は間接金融の担い手、投資銀行は直接金融の仲介者と称されることもある。
商業銀行はバランスシートを使って商売を行う。
預金者からお金を預かれば、それは銀行の負債勘定の中の預金勘定に載る。
そして、そのお金を債務者に貸せば、それは銀行の資産勘定の中の貸付金勘定に載る。
つまり、そのお金の所有者は、預金者から銀行へ、銀行から債務者へ移る。
だから、間接金融と呼ばれる。
商業銀行では、債権が不良化すれば銀行自体の資産が毀損する。
だから、厳格な債権管理、当局による検査が行われる。
投資銀行は、フィーやコミッションのビジネスだ。
企業が株式や債券を発行する場合、投資銀行は発行証券を引き受け、投資家へ転売する。
数日間、銀行が証券を保有することはあるが、すぐに投資家へ販売するから、実質的にはフィーに近い報酬体系といえる。
投資家から発行体へ直接、お金が流れることから、直接金融と呼ばれる。
投資銀行は、基本的には証券を保有しないから、その先、証券の価値が下落しても、投資銀行が痛むことはない。
つまり、自行のバランスシートを使わないから、過大なリスクを取ることもない。
むろん、商品の取り扱いに対しては厳格な管理を行うものの、右から左へ売るものだから、極論すれば、証券のリスクなどどうでもいい。
そのリスクは「適合性の原則」に適った投資家により判断されるべきものかもしれない。
引受とともに、投資銀行の本業とされるM&Aアドバイザリーにおいても、バランスシートを使ったりしない。
あくまで、顧客に対する財務アドバイザリーである。
フェアネス・オピニオンの発行は、訴訟リスクを伴うものではあるが、決してバランスシートを使って取るリスクではない。
最近のメリルリンチ、リーマンブラザーズ、ベアスターンズの騒動を見ていると、この見方が現実とずれていたと気づかざるを得ない。
米国のサブプライム問題に発して、不動産価格が下落し、モーゲージローンの価値が下落しているとすれば、従来の感覚では、まず、商業銀行が痛むはずのように思える。
商業銀行はモーゲージローンを実行する主体であるからだ。
一方、投資銀行は、フィー収入こそ不景気で減ることがあれ、破綻に至るような巨額損失をこうむるようには思えなかった。
しかし、現実には、商業銀行が投資銀行を救済買収している。
何が起きたのか?
商業銀行側では、モーゲージローン等の流動化が救いとなった。
ローンを実行しても、その債権を流動化して、オフバランスにする。
ローンを実行する商業銀行の側をオリジネーターと呼ぶが、このオリジネーターは、原債権が不良化しても損失を被らないことが多かった。
損失は、流動化された債権を購入する投資家が負っていた。
(詳細はカバードボンドを参照)
一方の投資銀行はどうだったか。
本来、バランスシートを使わないはずの業態だったが、証券化のブームに乗って、バランスシートを使った商売を拡大した。
さまざまな債券・債権を購入し、資産プールとしてリスクを分散、高い格付を得る。
その資産プールを証券化して投資家へ販売する。
現代ポートフォリオ理論どおりの商売のはずだった。
さらには、自社でさまざまな債券・債権を保有しながら、一方で、金融機関の信用力を用いて低コストの資金調達を行う。
資産を膨らませれば膨らませるほど収益が上がり、レバレッジをかければかけるほどROEは向上する。
フィービジネスでは、顧客をその気にさせなければいけない。
しかし、自行のバランスシートは、自分でやる気を出すだけでいい。
安易な業績拡大策だ。
実はイギリスには商人銀行(Merchant Bank)という業態の銀行がある。
比較的小規模の銀行で、商業銀行業務も投資銀行業務も投資ファンド業務さえも行う銀行である。
どんなリスクも果敢に取り、高収益を上げうる一方、極めてハイリスクな業態とも言える。
米系投資銀行は、それを極めて大きな規模でやってしまったと言える。
サブプライム問題後、分散させたはずのリスクのうち、主要なものがいくつかが同時的に急下落をし、資産担保証券が流動性を失った。
バランスシートを膨らませた投資銀行は、資金繰りが不安になる。
ある時、突然、短期金融市場からの資金調達が不可能になり、破綻を迎える。
投資銀行は、どこへ行くのかと思わせる事象ではないか。
2008年09月11日
半導体産業の差別化はどこに移っていくのか
IBMとNECエレクトロニクスが次世代半導体プロセス技術の共同開発に合意したと発表した。
以前よりIBMは、チャータード、フリースケール、インフィニオン、サムスン電子、STマイクロ、東芝とともに、32nmの次世代CMOSプロセス技術の共同開発プロジェクトと半導体技術に関する基礎研究を行っている。
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以前よりIBMは、チャータード、フリースケール、インフィニオン、サムスン電子、STマイクロ、東芝とともに、32nmの次世代CMOSプロセス技術の共同開発プロジェクトと半導体技術に関する基礎研究を行っている。
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2008年08月30日
「デルファイ清算の可能性」の衝撃
日経新聞では、国際面の20行もないような小さな記事だった。
29日のウォールストリート・ジャーナルが、米国の自動車部品大手デルファイが清算される可能性があると報じた。
デルファイと言えば、GMの自動車部品部門がスピンオフして設立された名門企業だった。
GMも深刻な業績不振に陥る中、デルファイも2005年10月に破産法11条を申請していた。
破産法11条(いわゆるチャプターイレブン)は日本でいう民事再生法、つまり、デルファイは今も法の監視下で事業再生に努めていることになる。
そのデルファイが清算(WSJではliquidation)の可能性があるという。
清算されてしまう事業とは、どんなに債務カットをしても黒字化が無理な事業と表現できる。
つまり、営業黒字化の見込みのない事業ということだ。
デルファイのようなかつての名門企業が、そこまで深刻な業況に陥ったとは、ただただ驚きだ。
日本の自動車セクターも低迷期に入りつつあるが、それでも大手が清算を意識するような例は皆無だ。
米国の自動車セクター不振の一因として、年金債務の負担が大きいことが挙げられるが、それだけとは言えまい。
むろん、事業部門ごとでは、救えるような事業・資産もあろう。
そのような部門(工場)はGMに引き取られる見込みというが、それがまたGMの財務の重しになってしまう。
人に優しい企業として有名であったGMとデルファイ。
他人事とは思えない話だ。
29日のウォールストリート・ジャーナルが、米国の自動車部品大手デルファイが清算される可能性があると報じた。
デルファイと言えば、GMの自動車部品部門がスピンオフして設立された名門企業だった。
GMも深刻な業績不振に陥る中、デルファイも2005年10月に破産法11条を申請していた。
破産法11条(いわゆるチャプターイレブン)は日本でいう民事再生法、つまり、デルファイは今も法の監視下で事業再生に努めていることになる。
そのデルファイが清算(WSJではliquidation)の可能性があるという。
清算されてしまう事業とは、どんなに債務カットをしても黒字化が無理な事業と表現できる。
つまり、営業黒字化の見込みのない事業ということだ。
デルファイのようなかつての名門企業が、そこまで深刻な業況に陥ったとは、ただただ驚きだ。
日本の自動車セクターも低迷期に入りつつあるが、それでも大手が清算を意識するような例は皆無だ。
米国の自動車セクター不振の一因として、年金債務の負担が大きいことが挙げられるが、それだけとは言えまい。
むろん、事業部門ごとでは、救えるような事業・資産もあろう。
そのような部門(工場)はGMに引き取られる見込みというが、それがまたGMの財務の重しになってしまう。
人に優しい企業として有名であったGMとデルファイ。
他人事とは思えない話だ。
2008年08月09日
最低賃金の改定が意味すること
6日、厚生労働省の諮問機関、中央最低賃金審議会が、今年の地域別最低賃金引き上げの目安を時給「15円程度」と決めた。
昨年は「14円程度」で、2年連続で10円台半ばの高い水準だった。
前向きに捉えるなら
言うまでもなく、賃金水準の低い層の生活を下支えする効果がある。
最低賃金の上げが、それより上の賃金水準の層にもプラスに波及することもある。
小泉元首相のもとで進んだ改革の弊害として現れた「格差」の問題について、下の層を救済することで緩和しようということだろう。
むろん、労働者賃金が上がれば、国内消費にもいい影響を与える。
心配するなら
低賃金に喘ぐ労働者がいるのは、中小企業であったり、派遣会社であったりだ。
中小企業については、現在の景気低迷で業績は悪化している。
賃金を上げなければならないなら、人員を絞り込むところも出てこよう。
人員削減を行うなら、雇用が失われる。
派遣へ切り替えるなら、また別の問題が生じてしまう。
マクロ経済へのマイナス影響では、企業業績にマイナスとなる変化は、株価等の低迷を通して消費の妨げとなるし、国内設備投資にも悪影響が及ぶかもしれない。
輸入インフレがホームメイドインフレにならないわけ
現在の原材料費等の高騰が始まったとき、ようやくデフレ脱却かと喜ぶ声があった。
日本は原材料等の多くを海外に頼っており、その輸入価格にインフレが生じ、これがデフレを反転させると期待されたからだ。
しかし、今は「悪いインフレ論」がさかんだ。
現在の価格上昇は、原材料費さえ転嫁できない水準にあることが多い。
なぜ、転嫁できないかといえば、そもそも需要の腰がそれほど強くなく、値上げするなら買い控える消費者行動が見られるからだ。
このような環境では、言葉は悪いが「便乗値上げ」は起こりえないから、ホームメイド・インフレに転換しない。
ここでいう便乗値上げというのは、悪い意味ではない。
輸入インフレが起これば、消費者の支出は増大してしまう。
ならば、消費者としての労働者は賃上げを願うだろう。
商品やサービスの価格がその賃上げ分を吸収するなら、輸入インフレ+αの価格上昇が起こることになる。
しかし、前段で述べたとおり、これが起こらない。
だから、賃上げの余力が企業にない。
日本の賃金は低いのか
まず、この根源的な問いを考えてみたい。
1980年代から、日本のメーカーは海外進出を進めてきた。
貿易摩擦などの外的要因はあるものの、大きな要因の一つが、経営資源のコストが低いことにあったろう。
特に、東南アジアや中国への進出では、その要因は大きい。
何の経営資源かと言えば、ヒトと不動産が主だ。
不動産はともかく、ヒトとはどういうことか。
同じ作業を国内で行うより、海外に移転して行ったことが安いからそうする、というのはどういうことか。
単純化しすぎの議論なのは承知しているが、同じ労働に対して1桁も2桁も異なる対価しか払わないというのは、いかがなものか。
Fair Tradeとは言えないだろう。
そう認めるなら、少なくとも単純労働の分野での労働者のコストパフォーマンスという観点では、日本の労働者の世界での競争力は極めて乏しくなったと言えよう。
では、ホワイトカラーではどうか。
米国でオフショアリングが急速に進んだ事実を見る限り、先進国のホワイトカラーの労働生産性というものたいしたものではないらしい。
日本人はまだ幸運だった。
日本語を話すだけで、インド人と競わなくてすんでいるから。
平均において賃金を下げるべきでは
日本の労働者の賃金水準が平均において高すぎると仮説を設けるならば、次に何を行うべきなのか。
言うまでもなく、平均における賃下げだろう。
しかし、あいにく労働賃金とは、ことさら下方硬直性の高い性格だ。
そこにきてデフレが進行し、賃金が据え置かれても実質賃上げのような効果を生じていた。
唯一の救いは、円がUSドルと連動し、世界通貨に対して安くなってきたことだ。
しかし、この円安も、日本の労働者の世界におけるコスト競争力を取り戻させるほどとはいいにくい。
賃金が下方硬直性を持つなら、円安やインフレを引き起こしつつ賃金を据え置き、実質賃金の引き下げを図ればいい。
これが解だろうが、平均において、消費者としての労働者は損失を被ることになる。
それでも、労働者としての競争力は上がるから、我慢するという意見もあろう。
まず手をつけるべきはダブルスタンダードの解消ではないか
筆者は、円安やインフレによる賃下げが最終的な解であると考えている。
しかし、その前にやるべきことがある。
企業内での労働のダブルスタンダードの解消だ。
正社員と派遣社員など非正規社員との間の差別を解消すること。
同じ仕事をするなら、同じ賃金を払うべきということだ。
実は、平均において議論するなら、正社員というのは非正規社員より働けていないことさえ多い。
日本の企業が高齢化する中で、年齢ピラミッドもピラミッドではなくなった。
そこで、導入されたのが「担当部長」とか「担当課長」とか言った、担当だか管理職だか分からないポジションだ。
ラインの長でないから権限は極めて小さく、権限がないから権限に基づく意思決定などの機能を果たせない。
仮に能力があったとしても、それを発揮する機会は担当者としてのみであって、限定的になる。
それでも、結構いい年収を稼いでいたりする。
かたや、非正規社員の働きは充実している。
必要なくなれば機動的に減員されてしまうから、人がだぶつくことも少ない。
正社員のように組合等の保護にあぐらをかいていることもなく、給料分の仕事をする確率は高い。
この正社員と非正規社員の間の「人種差別」を解消することが、まず着手すべきことではないか。
働かない、あるいは、権限が回ってこないために働く機会が与えられない正社員は、大胆な賃下げを行う。
これにより、逆に日本の労働者の競争力は上昇する。
一方、賃下げに遭った正社員は、給与が高止まりしている正社員への見方を厳しくするだろう。
それが、序列の規律となるのではないか。
このダブルスタンダードの解消は、正社員の待遇悪化という弊害を持っている。
しかし、このような施策なしに現状を引きずることは、むしろ正社員にとっても危険だ。
惰性に任せた体制が行き詰ったとき起こるのは、過去とあまりにも非連続的な調整メカニズムである。
昨年は「14円程度」で、2年連続で10円台半ばの高い水準だった。
前向きに捉えるなら
言うまでもなく、賃金水準の低い層の生活を下支えする効果がある。
最低賃金の上げが、それより上の賃金水準の層にもプラスに波及することもある。
小泉元首相のもとで進んだ改革の弊害として現れた「格差」の問題について、下の層を救済することで緩和しようということだろう。
むろん、労働者賃金が上がれば、国内消費にもいい影響を与える。
心配するなら
低賃金に喘ぐ労働者がいるのは、中小企業であったり、派遣会社であったりだ。
中小企業については、現在の景気低迷で業績は悪化している。
賃金を上げなければならないなら、人員を絞り込むところも出てこよう。
人員削減を行うなら、雇用が失われる。
派遣へ切り替えるなら、また別の問題が生じてしまう。
マクロ経済へのマイナス影響では、企業業績にマイナスとなる変化は、株価等の低迷を通して消費の妨げとなるし、国内設備投資にも悪影響が及ぶかもしれない。
輸入インフレがホームメイドインフレにならないわけ
現在の原材料費等の高騰が始まったとき、ようやくデフレ脱却かと喜ぶ声があった。
日本は原材料等の多くを海外に頼っており、その輸入価格にインフレが生じ、これがデフレを反転させると期待されたからだ。
しかし、今は「悪いインフレ論」がさかんだ。
現在の価格上昇は、原材料費さえ転嫁できない水準にあることが多い。
なぜ、転嫁できないかといえば、そもそも需要の腰がそれほど強くなく、値上げするなら買い控える消費者行動が見られるからだ。
このような環境では、言葉は悪いが「便乗値上げ」は起こりえないから、ホームメイド・インフレに転換しない。
ここでいう便乗値上げというのは、悪い意味ではない。
輸入インフレが起これば、消費者の支出は増大してしまう。
ならば、消費者としての労働者は賃上げを願うだろう。
商品やサービスの価格がその賃上げ分を吸収するなら、輸入インフレ+αの価格上昇が起こることになる。
しかし、前段で述べたとおり、これが起こらない。
だから、賃上げの余力が企業にない。
日本の賃金は低いのか
まず、この根源的な問いを考えてみたい。
1980年代から、日本のメーカーは海外進出を進めてきた。
貿易摩擦などの外的要因はあるものの、大きな要因の一つが、経営資源のコストが低いことにあったろう。
特に、東南アジアや中国への進出では、その要因は大きい。
何の経営資源かと言えば、ヒトと不動産が主だ。
不動産はともかく、ヒトとはどういうことか。
同じ作業を国内で行うより、海外に移転して行ったことが安いからそうする、というのはどういうことか。
単純化しすぎの議論なのは承知しているが、同じ労働に対して1桁も2桁も異なる対価しか払わないというのは、いかがなものか。
Fair Tradeとは言えないだろう。
そう認めるなら、少なくとも単純労働の分野での労働者のコストパフォーマンスという観点では、日本の労働者の世界での競争力は極めて乏しくなったと言えよう。
では、ホワイトカラーではどうか。
米国でオフショアリングが急速に進んだ事実を見る限り、先進国のホワイトカラーの労働生産性というものたいしたものではないらしい。
日本人はまだ幸運だった。
日本語を話すだけで、インド人と競わなくてすんでいるから。
平均において賃金を下げるべきでは
日本の労働者の賃金水準が平均において高すぎると仮説を設けるならば、次に何を行うべきなのか。
言うまでもなく、平均における賃下げだろう。
しかし、あいにく労働賃金とは、ことさら下方硬直性の高い性格だ。
そこにきてデフレが進行し、賃金が据え置かれても実質賃上げのような効果を生じていた。
唯一の救いは、円がUSドルと連動し、世界通貨に対して安くなってきたことだ。
しかし、この円安も、日本の労働者の世界におけるコスト競争力を取り戻させるほどとはいいにくい。
賃金が下方硬直性を持つなら、円安やインフレを引き起こしつつ賃金を据え置き、実質賃金の引き下げを図ればいい。
これが解だろうが、平均において、消費者としての労働者は損失を被ることになる。
それでも、労働者としての競争力は上がるから、我慢するという意見もあろう。
まず手をつけるべきはダブルスタンダードの解消ではないか
筆者は、円安やインフレによる賃下げが最終的な解であると考えている。
しかし、その前にやるべきことがある。
企業内での労働のダブルスタンダードの解消だ。
正社員と派遣社員など非正規社員との間の差別を解消すること。
同じ仕事をするなら、同じ賃金を払うべきということだ。
実は、平均において議論するなら、正社員というのは非正規社員より働けていないことさえ多い。
日本の企業が高齢化する中で、年齢ピラミッドもピラミッドではなくなった。
そこで、導入されたのが「担当部長」とか「担当課長」とか言った、担当だか管理職だか分からないポジションだ。
ラインの長でないから権限は極めて小さく、権限がないから権限に基づく意思決定などの機能を果たせない。
仮に能力があったとしても、それを発揮する機会は担当者としてのみであって、限定的になる。
それでも、結構いい年収を稼いでいたりする。
かたや、非正規社員の働きは充実している。
必要なくなれば機動的に減員されてしまうから、人がだぶつくことも少ない。
正社員のように組合等の保護にあぐらをかいていることもなく、給料分の仕事をする確率は高い。
この正社員と非正規社員の間の「人種差別」を解消することが、まず着手すべきことではないか。
働かない、あるいは、権限が回ってこないために働く機会が与えられない正社員は、大胆な賃下げを行う。
これにより、逆に日本の労働者の競争力は上昇する。
一方、賃下げに遭った正社員は、給与が高止まりしている正社員への見方を厳しくするだろう。
それが、序列の規律となるのではないか。
このダブルスタンダードの解消は、正社員の待遇悪化という弊害を持っている。
しかし、このような施策なしに現状を引きずることは、むしろ正社員にとっても危険だ。
惰性に任せた体制が行き詰ったとき起こるのは、過去とあまりにも非連続的な調整メカニズムである。
2008年07月30日
サーチャージが大流行、その効用とは
サーチャージが大流行だ。
運輸業界のみならず、JAの中にも導入の動きが出てきた。
野菜の価格にサーチャージがのる。
ちょっと不思議な感じだ。
個人の立場で見るサーチャージと言えば、悪名高い旅行代金のサーチャージだろう。
代金を安く見せるために、いまだにほとんどの旅行会社がサーチャージ抜きのパック代金をパンフレットに載せている。
(最近、HISがサーチャージ込みの料金表示としたことにエールを送った人も多いだろう。)
このサーチャージは、いわば「だまし」のために悪用されてしまっている。
このような事象があるから、サーチャージの本質に対する理解が進まない。
サーチャージとは何のためにあるのか。
一つ参考となるのが国土交通省が3月に公表した「トラック運送業における燃料サーチャージ緊急ガイドライン」だろう。
中小企業が多く、荷主に対して運賃交渉がしにくい業界で事業者を救済するために燃料サーチャージの導入を指導するものだ。
サーチャージ制の導入をしない事業者のうち、不当な廉価や規制違反を行う事業者には、導入等の命令を下すとされている。
また、それらが荷主の行為に起因している場合には、荷主にも勧告がなされ、場合によっては処分が行われるという。
事業者・荷主に対して、強い強制力を持つ仕組みとわかる。
つまり、分散され価格競争力を持ち得ない事業者を救済するための、強制的な価格決定方法と言える。
野菜にもサーチャージが検討されるのは、生産者が分散しており、スーパーマーケット等の大口顧客に対する価格交渉力が弱いからだろう。
先述の旅行会社では、少し事情が異なる。
このサーチャージは航空会社を救済するための措置だったはずだが、それが旅行会社により悪用されている面がある。
航空業界は分散しているわけではないが、慢性的な構造不況に喘いでおり、サーチャージが認められている。
これはやむをえないかも知れない。
しかし、個人客と旅行会社の関係となると、少し異なってくる。
どちらかと言えば、旅行会社の側に価格交渉力があるように思える。
だから、悪名高くなる。
サーチャージが社会から必要とされるのは、ある程度やむを得まい。
これからも、いろいろな業界で導入されるかも知れない。
しかし、それを一般消費者にまで外書きで見せるような運用にはして欲しくないし、サーチャージを認可する役所の側も目を光らせて欲しいものだ。
運輸業界のみならず、JAの中にも導入の動きが出てきた。
野菜の価格にサーチャージがのる。
ちょっと不思議な感じだ。
個人の立場で見るサーチャージと言えば、悪名高い旅行代金のサーチャージだろう。
代金を安く見せるために、いまだにほとんどの旅行会社がサーチャージ抜きのパック代金をパンフレットに載せている。
(最近、HISがサーチャージ込みの料金表示としたことにエールを送った人も多いだろう。)
このサーチャージは、いわば「だまし」のために悪用されてしまっている。
このような事象があるから、サーチャージの本質に対する理解が進まない。
サーチャージとは何のためにあるのか。
一つ参考となるのが国土交通省が3月に公表した「トラック運送業における燃料サーチャージ緊急ガイドライン」だろう。
中小企業が多く、荷主に対して運賃交渉がしにくい業界で事業者を救済するために燃料サーチャージの導入を指導するものだ。
サーチャージ制の導入をしない事業者のうち、不当な廉価や規制違反を行う事業者には、導入等の命令を下すとされている。
また、それらが荷主の行為に起因している場合には、荷主にも勧告がなされ、場合によっては処分が行われるという。
事業者・荷主に対して、強い強制力を持つ仕組みとわかる。
つまり、分散され価格競争力を持ち得ない事業者を救済するための、強制的な価格決定方法と言える。
野菜にもサーチャージが検討されるのは、生産者が分散しており、スーパーマーケット等の大口顧客に対する価格交渉力が弱いからだろう。
先述の旅行会社では、少し事情が異なる。
このサーチャージは航空会社を救済するための措置だったはずだが、それが旅行会社により悪用されている面がある。
航空業界は分散しているわけではないが、慢性的な構造不況に喘いでおり、サーチャージが認められている。
これはやむをえないかも知れない。
しかし、個人客と旅行会社の関係となると、少し異なってくる。
どちらかと言えば、旅行会社の側に価格交渉力があるように思える。
だから、悪名高くなる。
サーチャージが社会から必要とされるのは、ある程度やむを得まい。
これからも、いろいろな業界で導入されるかも知れない。
しかし、それを一般消費者にまで外書きで見せるような運用にはして欲しくないし、サーチャージを認可する役所の側も目を光らせて欲しいものだ。
2008年07月19日
電機・機械セクターで「継続企業の前提に関する注記」のある企業
電機セクター
機械セクター
| 発行体 | 主因 | |
|---|---|---|
| 6519 | エネサーブ | オンサイト発電事業から撤退し、多額の損失を計上。 |
| 6709 | 明星電気(解消済) | シンジケートローンでコベナント違反があったが、免除を受けた。 |
| 6759 | NECトーキン(解消済み) | 金融機関借入でコベナント違反があったが、親会社からの援助を受けた。 |
| 6760 | カシオマイクロ二クス | フィルムデバイス事業の悪化、事業売却での損失による。カシオが完全子会社化。 |
| 6775 | 東和メックス | 2期連続の営業赤字、営業CFマイナス。 |
| 6812 | ジャルコ | 3期連続の営業赤字、営業CFマイナス。 |
| 6894 | パルステック工業 | 2期連続の営業赤字、営業CFマイナス。 |
| 6944 | アイレックス | 前前期まで3期連続の営業赤字、営業CFマイナス。プリント基板事業をキョウデンへ売却。 |
| 6993 | 森電機 | 連続の営業損失、営業CFのマイナス。 |
| 2473 | ジェネシス・テクノロジー | 2期連続の営業赤字、営業CFマイナス。 |
機械セクター
| 発行体 | 主因 | |
|---|---|---|
| 7736 | ユニオンホールディングス | 2期連続の経常赤字、営業CFマイナス。 |
| 7746 | 岡本硝子 | 3期連続の経常赤字。 |
| 7748 | ホロン | 2期連続の営業赤字、営業CFマイナス。 |
| 7771 | 日本精密 | 借入過多と営業損失。 |
2008年07月16日
インターネット検索市場の独占は大きなリスクをはらむ
米国検索市場においてGoogleのシェアが7割に近づいたことをCNETが伝えている。
懸念する声がかねてからあったが、米国ではGoogleによる独占が近づいているようだ。
これは、単なる無料のサービスの市場の独占ではない。
Googleによる「知の再配列」を万人が受け入れるプロセスと見るべきだ。
WWWの黎明期は、ウェブサイトの数もさほど多くはなかった。
ネット・サーフィンする人は、ディレクトリ方式のウェブ検索や有力なリンク集を見て、面白そうなサイトに訪問していた。
ところが、CMSやブログの勃興により、状況は大きく変わった。
近年のアクセスログを見る限り、アクセスのほとんどは検索エンジン経由である。
ウェブサイトを一種の知の保管場所とするなら、その保管場所の案内をするのが検索エンジンである。
ウェブサイトが爆発的に増えたから、ディレクトリ方式の検索エンジンは成立しなくなった。
検索エンジンはロボットサーチとなり、そのアルゴリズムが優劣を決めることになる。
Googleが強力な技術力を駆使する中、そのアルゴリズムで勝負をしようとする会社は減り、Googleの自然独占が進んでいる。
もちろん、Googleは悪意を持ってアルゴリズムによって不正を行おうとしてはいないのだろう。
アルゴリズムはとても機械的に知を整理しているのだろう。
それでも、一民間企業に知の再配列を委ねていいのだろうか。
健全な対抗勢力の成長を期待したい。
懸念する声がかねてからあったが、米国ではGoogleによる独占が近づいているようだ。
これは、単なる無料のサービスの市場の独占ではない。
Googleによる「知の再配列」を万人が受け入れるプロセスと見るべきだ。
WWWの黎明期は、ウェブサイトの数もさほど多くはなかった。
ネット・サーフィンする人は、ディレクトリ方式のウェブ検索や有力なリンク集を見て、面白そうなサイトに訪問していた。
ところが、CMSやブログの勃興により、状況は大きく変わった。
近年のアクセスログを見る限り、アクセスのほとんどは検索エンジン経由である。
ウェブサイトを一種の知の保管場所とするなら、その保管場所の案内をするのが検索エンジンである。
ウェブサイトが爆発的に増えたから、ディレクトリ方式の検索エンジンは成立しなくなった。
検索エンジンはロボットサーチとなり、そのアルゴリズムが優劣を決めることになる。
Googleが強力な技術力を駆使する中、そのアルゴリズムで勝負をしようとする会社は減り、Googleの自然独占が進んでいる。
もちろん、Googleは悪意を持ってアルゴリズムによって不正を行おうとしてはいないのだろう。
アルゴリズムはとても機械的に知を整理しているのだろう。
それでも、一民間企業に知の再配列を委ねていいのだろうか。
健全な対抗勢力の成長を期待したい。
2008年07月04日
環境コストは用役ベースでの負担か、人頭による負担か
2008年7月3日、ヤフー株式会社が
Yahoo! JAPAN、カーボンニュートラルを目指して活動開始
〜ポータル初、個人向けカーボンオフセットサービスも開始〜
とのプレスリリースを行った。
内容は、
・Yahoo Japanがカーボンニュートラルな事業活動のためにグリーン電力証書と排出枠を購入する。
・個人が暮らしで排出したCO2をオフセットするため排出枠を購入できる「Yahoo!カーボンオフセット」を提供する。
というものだ。
この後半の内容に興味をそそられた。
ITmediaでは、
もちろん、現状、個人にも企業にも、カーボンオフセットを義務付ける規制はない。
しかし、近い将来、そうなるかも知れない。
特にメーカを中心に、企業に対しては、そのような圧力が強い。
そのような環境にあって、ヤフーの事業モデルには、論理的矛盾はないだろうか。
以前、このコラムでカーボン・フットプリントを紹介した。
そこでは
温暖化ガスの削減費用を消費者が負担するようになれば、
「カーボン・オフセット」の普及の一助となる。
と紹介した。
つまり、カーボン・フットプリントで表示された温暖化ガスの削減費用を商品やサービスの価格に転嫁すべきという方向だ。
この流れとヤフーの動きは明確に対立する。
・カーボン・フットプリントの流れは、環境コストを用役ベースで負担させようとする。
・ヤフーの動きは、人頭で、しかも自主的な負担としようとする。
温暖化ガスの削減費用を製品価格に転嫁しようがしまいが、製造者の責任においてカーボンオフセットをするならば、それが自主的であれ規制上のものであれ、ある意味、消費者がそのコストを負っていると考えるべきだ。
製品価格に明示的に転嫁されていなくとも、それは製造者の間接費または直接費であり、それが製品価格に配賦されていると見るべきなのだ。
その意味で、自主的にカーボンオフセットを開始する企業が存在する今、すでに消費者はそのコストを負担し始めている。
そうだとすれば、ヤフーが個人へ排出枠を販売するというのはどういう営みなのか。
その一部において「2重取り」が発生しているともとれる。
税に例えるならば、
目的税でありながら、所得税と間接税でダブルカウントする
というようなものだ。
排出権の価格は、自家用車を利用しない人が1月420円(排出権121キロ分)から、利用している人が600円(同173キロ分)からという。
自家用車による差はついているが、その他の活動での差はついていない。
つまり、この価格設定では、温暖化ガスの排出を減らすようなモチベーションは働かない。
企業がカーボンニュートラルな経営を始めると、2重取りの範囲が増えていく。
ヤフー自らがカーボンニュートラルな経営を始めたところが皮肉な話ではないか。
Yahoo! JAPAN、カーボンニュートラルを目指して活動開始
〜ポータル初、個人向けカーボンオフセットサービスも開始〜
とのプレスリリースを行った。
内容は、
・Yahoo Japanがカーボンニュートラルな事業活動のためにグリーン電力証書と排出枠を購入する。
・個人が暮らしで排出したCO2をオフセットするため排出枠を購入できる「Yahoo!カーボンオフセット」を提供する。
というものだ。
この後半の内容に興味をそそられた。
ITmediaでは、
排出したCO2を打ち消す(オフセット)ことで、地球温暖化防止活動に貢献できるとしている。と紹介している。
社会貢献の姿勢を打ち出しながら、CSR(企業の社会的責任)広告を掲載するなどしてビジネス化する計画だ。
もちろん、現状、個人にも企業にも、カーボンオフセットを義務付ける規制はない。
しかし、近い将来、そうなるかも知れない。
特にメーカを中心に、企業に対しては、そのような圧力が強い。
そのような環境にあって、ヤフーの事業モデルには、論理的矛盾はないだろうか。
以前、このコラムでカーボン・フットプリントを紹介した。
そこでは
温暖化ガスの削減費用を消費者が負担するようになれば、
「カーボン・オフセット」の普及の一助となる。
と紹介した。
つまり、カーボン・フットプリントで表示された温暖化ガスの削減費用を商品やサービスの価格に転嫁すべきという方向だ。
この流れとヤフーの動きは明確に対立する。
・カーボン・フットプリントの流れは、環境コストを用役ベースで負担させようとする。
・ヤフーの動きは、人頭で、しかも自主的な負担としようとする。
温暖化ガスの削減費用を製品価格に転嫁しようがしまいが、製造者の責任においてカーボンオフセットをするならば、それが自主的であれ規制上のものであれ、ある意味、消費者がそのコストを負っていると考えるべきだ。
製品価格に明示的に転嫁されていなくとも、それは製造者の間接費または直接費であり、それが製品価格に配賦されていると見るべきなのだ。
その意味で、自主的にカーボンオフセットを開始する企業が存在する今、すでに消費者はそのコストを負担し始めている。
そうだとすれば、ヤフーが個人へ排出枠を販売するというのはどういう営みなのか。
その一部において「2重取り」が発生しているともとれる。
税に例えるならば、
目的税でありながら、所得税と間接税でダブルカウントする
というようなものだ。
排出権の価格は、自家用車を利用しない人が1月420円(排出権121キロ分)から、利用している人が600円(同173キロ分)からという。
自家用車による差はついているが、その他の活動での差はついていない。
つまり、この価格設定では、温暖化ガスの排出を減らすようなモチベーションは働かない。
企業がカーボンニュートラルな経営を始めると、2重取りの範囲が増えていく。
ヤフー自らがカーボンニュートラルな経営を始めたところが皮肉な話ではないか。